
2016年05月

昨日は 何だか 涙がでそうな一日でした。
自分のふがいなさ、他人のやさしさ、我が子の愛おしさ、 色んな感情が突き刺さる一日でした。
時々、私ごときに「プーちゃんのママはプーちゃん(の障害)のために頑張っててエライ」的なことを言って下さる方がいますが、たまたま、「がんばれ」と力を貸してくれる人に恵まれ続けてきただけで、本当の私は どうしようもなくヘタレで怠け者です。あの時、力をくれる人に恵まれなかったら。。。という瞬間が本当に数え切れないくらいあるんです。
だから 同じような障害をもつ(なくても)子の親がネグレストに陥りかけている。。。という話をきくと、非難する気にはとてもなれないというか。。。そもそもそういった資格は私にはないので、内心「私も変わらない、ただ、私は恵まれてただけ」とこっそりつぶやきます。 堂々と言えないところがヘタレなのですが、これからは声を大にして言っていかなくてはと思ってもいます。
「我が子がかわいいと思えない」
それがどんなに辛いことか、なかなか口にだせないだけにどんなに深い闇にのまれそうな怖さと闘っているのか。。。
プーも私も 助けてくれる人に恵まれてきたなぁ、と思います。生かされているなぁ、と思います。こんなに恵まれていいのかなぁ。。と思う位、恵まれてきました。
プーを授かって、脳障害がわかって不安でたまらなかった時、療育病院で、もっと重い障害をもつであろう子と笑いあう母親、父親の姿にどんなに勇気づけられたか。
発達障害児特有の、ピョンピョン跳びやお手手ヒラヒラをしながらエコラリアを繰り返す子とがっしり手をつなぐお母さんの「うちの子可愛いでしょ!」オーラ(笑)がどんなにまぶしかったか。
療育教室のお預かり後にプーの奇妙な行動を「くぅぅ 可愛い」といわんばかりに語ってくれる先生にどんなに元気をもらえたか。
その他、「プーちゃん、かわいいね」といってくれる人は皆 後光が差してみえる位ありがたかった。他人に我が子が「かわいい」って言ってもらえるのってものすごい 安心感をくれる。
だから 「大変ですよね」「頑張って」の一言でペシャンとつぶれてしまいそうな位、ギリギリのところで闘っているお母さんにも「あなたの子供はかわいい!」「一緒にこの子の将来を見守りたい」 そう 言ってくれる人が、そう感じさせてくれる人が現れることを、意外と身近にいるかもしれないその存在に気付くことを、願わずにいられません。
今までのせめてものおかえしに私もそれを伝えられる人になりたい。
どの子も皆、意味があって生まれてきたから。
子供は皆かわいいよ。
理解できない行動ばかりする子も。意地悪ばっかりいう子も。 笑顔を見せてくれることのない子も。
かわいい!っていってあげたい。
だから、生きていてね。死なないでね。子供も。お母さんの心も。